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10周年企画 「花束を君に」 目覚めたら寝台の上から壁一面、床いっぱいに色とりどりの花が飾られていた。 初めに目に入ったのは天井の赤く大きな花弁。朝起きて最初に目に入れるには痛すぎた。くらり、と一瞬めまいがしたのち、握った掛け布団に、微かに濡れて吸いつくような指先の感覚。白色のわりと小さな花々が散らばっていた。そのひとつを摘まみ鼻先へ運ぶと、柔らかく甘い香り。日光を存分に浴びて育ったそれは、まだ生気を失ってはいなかった。四方の壁は色鮮やかに、赤青黄橙桃白紫……と目まぐるしい七変化。さほど広くない部屋の床は、それにしても大量を要しただろう橙の花が敷き詰められていた。 まるで棺桶だ、なんてことを思いながら頭を掻いた。誰の仕業か、思いつかないこともないが、寝ている間にここまで好き勝手されるなんて、お庭番としては大失態だ。 鈍く痛む頭はこちらを責め立てるような色のせいかと思っていたが、ふと、昨晩のことを思い出した。 そうだ、俺は、 ――――、一服盛られたんだった。 「ふたりきりのときに、目を覚ましたかったんです」 夕暮れの城下街、ふたりで抜け出した少し長いお散歩。良い子にしてたでしょう?陛下の手を煩わせてまで、作りたかった状況。 言いたかった言葉を、結局陛下は言わせてくれなかったけれど、おかえり、呟かれたその言葉で、許しを乞おうとした自らを恥じた。 陛下が、宴を開こう、と言ったのだ。 叱責こそされど、城に戻って久方ぶりに会話を交わした麗しの魔族の方々は、こちらを気遣う素振りさえ見せた。フォンヴォルテール卿までもが。可愛いものには目が無い閣下は、仕事に厳しい上司でもあったはずなのに。いつの間に趣向を変えたのだろう。 アニシナちゃんにだけは、私に魔力とは関係のない代物を作らせるとは良い御身分ですねと言われ身体中の血液が沸騰しかけたが。 そうして何かと自由な晩餐は始まり。 豪華な食事とは縁遠い普段の食生活を思い返しながら、というか、長いこと眠り姫を演じていた体にはあまりに豪勢な食事は目に毒で、ウサギちゃん同様草食動物同様、もそもそと生野菜を食べていたところ。 「ヨザック、やっぱりまだ食欲なかったかな…?」 なんて心配げな双黒の瞳を向けられ、その奥から冷えた銀彩の瞳に肉の塊を差し出される。なんていう責め苦だろう、と半ば遠くに気持ちを追いやりつつ、やっとのことで、その場にひとり足りないことを気に留めたのだった。 「そういえば、猊下は……?」 「あー、村田なー。なんか、僕は忙しいから、とか言っちゃって、眞王廟に籠りっきりなんだよ。折角、ヨザックが目を覚ましたっていうのに、こんなときまで仕事なんてなー」 固いこと言うよなあ、なんてぼやきながら、陛下はちらりと視線を寄越した。 「ヨザックもさ、明日で良いから顔見せに行ってやってくれよな」 「それは、もちろん」 だけど陛下、もしかしたら猊下は、俺の顔なんて見たくもないかもしれませんよ。 言葉にはしなかったものの、それっきり黙り込んで食事にも手を伸ばさなくなったこちらを見かねたのか、陛下は取りつくろうように、そうだ、と言った。 「これ、村田から預かってきたんだよ。もしかしたらヨザックはご飯食べにくいかもしれないからって、」 簡単に包装された包みを広げると、中身はなんとも言えない色をした液体瓶だった。息をのむ。手にした物体の凶悪さをみた陛下が、更に慌てる。 すると、それまでこちらの会話を見ているだけだった男が、するりと冷静に入り込んできた。表向きは、溺愛する魔王陛下へ助け舟を出すために。裏では恐らく、俺に逃げ込む余地を無くさせるために。 「これは古くからこの国に伝わる、いわゆる栄養ドリンクですよ」 「そうなの、コンラッド」 純真無垢な魔王陛下は安堵を浮かべて、無二の信頼を置く護衛に向かった。それにあくまでも表向き爽やかに見える笑顔で答える幼馴染。 「ほら、村田だってヨザックのことを心配してるんだって」 そんな残酷な色合いをした液体が体にいいはずがない! 残酷な魔王のユーリ陛下は、愛らしい笑顔でとどめの一撃を言い放った。 「だからさ、それ飲んで、元気な姿見せてやってよ」 それから後のことは、覚えていない。 宴の結末と部屋の惨状があまりに毒々しすぎて眩暈がする。今日は1日寝ていたほうがいいかもしれない。 現実を逃避しかけたのを見計らったわけではないだろうが、誰かが指の節で扉を叩く音がする。ちなみにその長方形のところは青い花々に覆われていた。 予想をしなくとも、あのお方だろう、とふんでいた。いつもだったら返事を待たず開かれる扉は、部屋の主の答えを待っている。次は何が起こるのか? 「どーぞー」 努めて平静を、装ったつもりだったが声がひっくり返った。完全に怯えている。それでも、部屋の外で待つ人物には届いたようで、ゆっくりと開かれる扉とともに、心臓の音が高く鳴り響いた。 「……」 「……猊下?」 扉を開けたひとは、予想通り、魔王陛下と同じく双黒を持つ大賢者様で、ありとあらゆる意味で俺の心拍を操るそのひとだった。 しかして予想とは違い、猊下は知性に満ち溢れ、悪戯心に輝かせた黒の双眸をこちらに向けず、扉に手をかけたまま俯いている。 「猊下?」 もう一度呼びかけると、ぴくり、と肩が震えた。 そのまま3歩進んで部屋へ完全に入ると、静かに扉を閉める。橙の花に視線を落としたままで未だ目が合わない。 これは、どういう反応だろう。怒っているのかもしれない。いや、怒っていると昨夜までは思っていたのだ。アニシナちゃんを除いて、そんなお方が1人くらい居てもいいはずだった。そして、彼にはその権利が充分にあったのだ。 そうして俺は安易にも、謝罪の言葉を口にした。 「猊下、すみません」 「……して、」 「なんです?」 「どうして謝るわけ?」 これは困った。完全に怒り心頭火に油を注いでしまった。 何とか説明をしようと、あーとかうーとか要領の得ない言葉ばかりを発しているうちに、珍しく(あくまでも表向きに、という意味で)猊下の短気に触れたのか、もういい、と思考は遮られた。 「起きてすぐに君が真っ先に会いに来てくれなかったとか、一通りの面会の後でも、晩餐会の後でも、朝起きた瞬間にでも、会いに来てくれたらとか思ってた僕が馬鹿だっただけで、別に君に謝ってほしいことなんて、ひとつもないから!」 そんな、稀にもみない猊下の我儘な言葉を聞いて俺は胸を撃たれる想いがした。 そこまで俺を求めていてくださったなんて!と、殆ど自業自得だ、というつっこみも忘れて感極まる。 今すぐにでも駆け寄って小さな体を抱きしめたい衝動に駆られながら、それをできない自らの愚かさを悔んだ。 「猊下、」 「……なに」 「猊下が来てくれなくちゃ、グリエ、猊下の涙を拭って差し上げることもできないわん」 「泣いてなんか、」 ぱっと俯けていた顔を上げ、やっと双眸とかち合う。本当に、それまでは涙ひとつも浮かべていなかった瞳が瞬間、じわり、と滲んだ。 「猊下、」 手を差し出すと、そこに向かって崩れるように、猊下は駆け寄ってきた。握る掌に染み込むように、指先と涙の温かさが広がる。ぶつかるような、強い抱擁に驚いて、寝台の上に丸ごと落ちた。彼の体を抱きとめる。 もうずっと触れていなかったぬくもりだ。懐かしさと愛おしさに全身を包まれ、不定期に鼻をすする音に感化されて、こちらまで滲んでしまいそうになる。 だけれどそれは我慢をしなくては。強がりで素直じゃない猊下がこんなにも露わに感情を震わせているのだ。これ以上、揺さぶることはない。 「やだわ猊下ったら、大胆なんだから」 いつも通りを装うのは、やはり無理があったかもしれない。 「うん。おかえり、ヨザック」 答えにならない応えに、ただ抱擁する力を込める。 甘い花の香りの充満する部屋に、暫く露の落ちる音だけが響いた。 ****** 10周年企画第一弾ヨザムラ。 軽い気持ちで読んでください!(あとがきで言うことではない) シリアス調なのかギャグ(?)調なのか迷いに迷ってゴールテープ切っちゃった!という……久しぶりなのに残念すぎる。 恐ろしく極端にツンデレツンな猊下とちょっと頭が沸騰してるお庭番に仕上がってしまいました。 ヨザックの復帰話、を引きずるには重すぎて軽すぎるテンション。軽い気持ちで…ry こんな調子のお話があと1年くらい続きます(エッ photo*カノプシリカ様 |