大事なものはひとつだけ。
あとは何も要らないと、そう決めつけていた。






precious paradise.






夕暮れの中庭。
同じ色した髪色の彼は最近出来た眞魔国製バッドを振り回していた。
ウェラー卿の投げたボールを渋谷は受け止めて、ヨザックに笑いかける。
彼は渋谷に笑顔で何事か返して、もう1度バッドを構え直した。





あぁまただ。





体の中心を突き抜ける様な感覚に襲われ眉を顰めながら、動きの悪い心臓にイラ付きを覚える。
勿論僕は心臓に病を持っているわけではない。もっと、感情的な意味だ。
その意味が何なのか、知りたくなくて目を背けては居るけれど。





茫然と立ち尽くしていると、カンッという当たりの良い音が遠くの方で聞こえた。
続いて、聞き慣れた3つの声が慌てた調子で荒げた口調で何かを言っていたが、それもやはり遠くの出来事だった。





「猊下危ないッ」





何が?
というかこちらに気付いていたのか。





聞き返すより先に頭に衝撃が来た。眼鏡が反動で落ちる。頭も視界も真っ白で、何が起きたかなんて理解が出来なかった。
遠くで声が聞こえる。もはや誰のものかもわからず、僕はゆっくりと目を閉じた。











「か、猊下」





「・・・うるさいな、ぁ」





あまりに大きな声で呼ばれるものだから目覚めの悪い朝になってしまった。
ぼんやりとした頭を持ち上げようとしたら、ずきりと痛んでその儘元の位置に沈む。
こちらを覗き込む青い瞳の持ち主は顔に心配と書いてあるかの様に分り易く眉を歪めていた。





「ああ、そのまま横に・・・すみません、俺が変な所に球をすっ飛ばしたばっかりに」





「何のはなし・・・あ、ああ。そっか」





白んだ意識がはっきりと戻ると、自分がどうして寝ていたのか思い出した。
彼の口振りからも想像して、どうやらファールチップが頭に直撃したらしい。





「本当申し訳ない・・・猊下の頭にたんこぶが」





「兵士が力一杯投げたボールを兵士が力一杯打ってファールにしたんだ」





頭が陥没しなくてよかったよ、と笑ってみせたが再び頭が疼いて口元が引き攣ってしまって逆の効果を与えてしまった。
段々と痛みを増してきた頭は思考能力を奪って、つい言わなくて良いことを口にしてしまいそうだった。





「でもどうしてあんな処でボーッとしてらしたんですか?」





資料室で読書中だったはずでしょ、と小首を傾げて聞いてくる。
自分が地球で何代も生を繋いでいた頃の眞魔国の歴史を1日でも早くマスターする為にと掲げた1日のノルマを達成するために、ここの所資料室に詰めっ放しだった。
彼は時折やって来ては、読み終わった本の片付けをしたり、高くて梯子を使わなければ届かない様な処の本を取ったりしてくれている。





「何やってるかなって」





「誰が?」





「・・・」





ああ、やってしまった。そう思ってからでは遅い。
お庭番の功績を思い浮かべていたら顔の弛みと共に要らないことを口走ってしまっていた。
ヨザックは先ほど傾げた首を逆方向に曲げて、誰だれ〜グリ江の知ってる子〜?と口調を変えて聞いてきた。後には戻れない雰囲気だ。





「・・・君だよ」





「え?」





自分に指差しをして確認する。
麻痺しかけの頭は既にコントロールできる範囲を超えてしまった。どうにでもなれ状態だ。
制御を止めてしまうと、またもや視界が白んで意識が遠のいてくる。





「君が、部屋出てって・・・何してるのかな、って思って、外出たらさ、楽しそうに、渋谷と野球やってるものだから・・・」





「から?」





「いいなーって」





「俺が?」





「渋谷が」





構えるものなら構って、ずっと一緒に居たいと思う。
だけど自分にはやらなくてはならない事があって、優先しなくちゃいけないものがあるから。
自分の読書が終わるまで部屋の中に居ろなんて酷なこと、普段外国で諜報活動する彼に言えるわけがない。





この感情を知らないわけじゃなかった。
留めておけるものなら置いておきたかった。
彼と同等に大切なものなんて、要らないと思っていたから。





だけど。





「それって、俺のことが好きっていう意味で良いんですかね?」





「好きに、とってくれて構わない・・・」





よりによって一番大切だと思っている渋谷にまで嫉妬するとは思わなかった。
目は閉じていてお庭番の表情はわからない。どんな顔をしているのだろう。軽蔑か、同情か。





「本当に?」





「しつこいね」





木が悲鳴を上げる音を聞いて、熱が近づいたのに気付き、目を開ける。
お庭番の青い瞳が一層近くにあって、驚いたが、彼の真剣な色を見つけて息を呑んだ。
侮蔑でも憐みでもなく、その色は、





「猊下」





「・・・何」





「一介の、しかも半分とも敵対する人間どもの愚かな血を流す兵士が無礼を申すことをお許し下さい」





何を改まって、とか渋谷が聞いたら顔色変えて怒るよ、とかいう言葉を用意した脳は次の言葉で完全にストップしてしまった。





「好きです、猊下」





「え?」





今度は僕が驚く番だった。暫く反応することを忘れた頭は痛みよりもハテナマークが割合を占めて、何者の侵入も許さない。





「それはどういう意味で・・・」





「特別な意味で。・・・むつかしいことは言えませんが」





漸く回転し始めた頭でゆっくりとその言葉を咀嚼して、頭の先から熱くなっていくのがわかった。
ヨザックは近づけた体を放し肩を竦める。僕はそれを追いかけるように何とか重たい体を持ち上げた。





「こんな事言われて、気分を害されるとは思いましたけどね?」





「そんなこと、」





「俺、本気ですから」





肩を竦めた儘の彼は、普段の力強さや豪快さを跡形もなく消し去って、儚い笑みを浮かべる。
消え入りそうなその笑みをやめて欲しくて咄嗟に伸ばした手はヨザックの髪に触れた。





「僕だって本気だ」





咄嗟の行動と絞り出した様な声に驚いて目を大きく見開く。
見開きの君と称されたのは・・・関係ないか。





「本当に?」





「本当に」





繰り返し問われる言葉に重ねて返すと、恐るおそる手を伸ばしてくる。
頬から伝わる別な体温を感じて、それがいとしくて、ふと笑った。





「猊下」





「・・・うん」





「俺、一生離しませんけど、良いですか?」





「うん」





まるで教会でする様な儀式のように。
彼の問いは無宗教な僕でも崇めてしまうような力強い声だった。





大切なものがもう1つ増えた。
抱えていくのは大変だけれど、君と一緒なら繋いでいける。





***
テーマは「猊下の初恋★」
初々しい感じがほしいなぁと思って書きましたがどうでしょうか。
ていうか、コンが投げてヨザが打ったファールチップはたんこぶになるだけじゃ済まないような・・・奇跡?
いいえファンタジーでsry
久々に書いて、ああ・・・もっと頻繁にやろう。と思いました。反省。